2016年02月01日
「きちんとしてるんです。」
コーディングチーム・松原恵
出会いは、数年前の春先のことだった。私を面接したリーダーの横に、小柄な女性が座っていた。日本人形を思わせるまっすぐな髪、ナチュラルでありながらカジュアルすぎない服装、膝の上で両手を揃え、軽く微笑みながら、私への入社説明を一緒に聞いている。
(このかわいらしい人が先輩か・・・。)
松原さんの第一印象は、そんな感じだった。
初日は、各フロアへのあいさつ回りを兼ねて、社内を案内してもらった。
「ここは、大会議室です」
通された2階の部屋は、腰窓が壁一面に広がり、隣の棟で仕事をする人の姿が見えた。
「これは、屋根です」
そう、紹介された視線の先には、1階部分の屋根。
「見たらわかりますよ〜」
今であれば即座にそうつっこんでるところだが、さすがに初対面。ふたりの間に、微妙な空気が流れただけだった。後で聞いたところによると、初めて後輩ができて、緊張していたらしい。
実はこのエピソード、「ひとつひとつのことを順序だてて丁寧」に、という彼女の性格を表している(のかもしれない)。
私たちコーダーが普段使用しているツールには、そんな彼女の地道な作業が実を結んだものが少なくない。お客様向けの「レスポンシブサイト入稿手引き」、新人教育ツール、コーディング用のパーツ集。これらは、今も現場で活用されている。
ツールだけではない。人材育成の面でも、その能力はいかんなく発揮されている。それまでの新人教育は、先輩社員がマンツーマンで教える形だったが、数年前から彼女が「新人教育委員長」として、複数人をまとめて面倒見ている。新人コーダーは、「松原印」のお墨付きをもらえないと、案件デビューができないのだ。
「人の良いところを探すのがうまい」という、素晴らしい資質も持っている。ただ、たまによく言いすぎてしまって、本人にとっては「高い前評判」というハードルになってしまうこともあるらしい・・・。
きちんとしている
「きちんとしていたい」「まじめなので」。
松原さんが、自分について話すときによく出てくる言葉だ。
例えば、会社で自由に飲んでいいことになっているコーヒーは、「遠慮深いので」1日1杯までしか飲まない。
月1回、社内の有志によって開かれる読書会には毎回参加。案件が忙しくても休むことはめったにない。よく読むのは、ビジネス書と自己啓発書。本のセレクトがおもしろいと、読書会メンバー内で評判だ。
ノートをとるときは、紙を45度に回転させて横書きの文字を縦に書いていく。これが文字を曲がらずに書くコツらしい。ちなみに私は、ミスプリントの裏紙で作った簡易ノートにメモを殴り書き、用が済んだら捨てるタイプ。残しておくものはタイピングするので支障はないが、それでも自分が書いた字が解読できない時などは、松原さんを見習って、1文字1文字魂をこめて書くことの大切さを思い知らされる。
また、危険を察知する能力が高い。
私がなにも考えずに、トイレのドアをバーンと開けて出てきても、ドアの前の棚で探しものをしていた松原さんは、それを想定してぶつからないポジショニングをとっていたりする。
そして、私がキーボードの上にコーヒーをこぼすと、「やると思った」と、お見通しである。
なぜ、そんなにいろんなものが見えるのか。
それは、「心配だから」、だという。
心配性?
ある日の夕方、上司に呼ばれて会議室に入った松原さんが、なかなか出てこないことがあった。やっとのことで戻ってきた姿を見て、私は自分の目を疑った。
泣いてる!?
泣いてたのかな?という感じではない。目は赤く、鼻をぐずぐずさせる姿は、不謹慎にも白うさぎを連想させる。
周囲は声もなく、ただ空気だけざわついていた。そんな様子に一瞥もせず、彼女は席につくと、ヘッドフォンをかけて、すごいスピードでPCのキーをたたき始めた。「わき目も振らずに仕事をする」というのを体現したかのようだった。
この涙の理由、原因は私だった。新人なのに案件を複数任されていた私を心配して、教育係である彼女が上司に直談判。その結果、感極まって泣いてしまったようだ。結局その件は、「心配のし過ぎ」ということで解決したそうだが、その後も何度か、泣いている姿を見た気がする。
○○○○四天王、そして・・・
そんな松原さんだが、モノサス内で意外な称号を持っている。
それは、「酔っ払い四天王」。
四天王のひとり編集長の中庭氏とお店で飲んでいたときの話。なんと、二人して寝てしまったらしい。座席は、あろうことか道路にせり出したお座敷。人が歩いているすぐ横で寝転がっているものだから、見かねた知らないおじさんに「お姉さん危ないよ」と起されたという。
このことは、「ふたりで飲んでいて、ふたりして寝落ちするとか、あり得ない」と、語り草となっている。
ふたりでなく、ひとりで飲むこともある。居酒屋のカウンターで一人のみするのも好きだとか。
その他、お酒にまつわる武勇伝は多々あるのだが、残念ながらここには書けないので、各自のご想像にお任せしたい。
そして、もうひとつの意外な点は、かなりのゲーマーであること。
コーディングチーム内に「Ingress」(イングレス)を流行らさせた張本人である。
「Ingress」はGoogleMapの位置情報技術を利用したスマホゲーム。現実世界にマッピングされた仮想空間で、2陣営に分かれて陣取り合戦をする。いわば、世界を股にかけたオリエンテーリングだ。一時期は、コーディングチームの半数がはまるほどに流行した。
モノサスの入り口左手にある「田山花袋終焉の地」の碑も、「Ingress」の陣地として登録されている。もちろん私たちによる献身的な防衛と奪回により、当時はきれいなブルーに輝いていた。(所属していた「レジスタンス」陣営のチームカラーがブルーのため)。
しかし、ゲームに関しては飽きるのが早い。本人曰く「常に流行をおいかけている」そうだが、Ingressもご他聞にもれず。「今年1年はこれだけで遊べる」と言っていたが、季節が変わる頃には、昼休みに代々木界隈を練り歩く姿は見られなくなった。
「奈須さんがゲームしそうなのわかるけど、松原さんは意外」。
あるとき、社内の人にそう言われたことがある。その言葉の意図するところは、とどのつまり、女子力の差だろう。
就業中もまめにハンドクリームを塗り直し、爪にはいつも何かしらの色柄がついていて、毎晩酒のつまみにおしゃれな料理を作る。
「女の勘」「揺れる乙女心」という単語が、会議で普通に出てくる。彼女自身が口にするのではなく、周囲が彼女の言動をそう解釈するのだ。
それでいて見た目は、座敷童かちびまる子ちゃんが大人になったような感じ。シャツのボタンを上まで留めていると、より小学生感が増す。
この、「少女」と「女性」が入り混じったような不思議なキャラが「乙女」と言われる所以だろうが、私は愛情をもって「腹黒乙女キャラ」と、呼んでいる。もちろん、心の中で。
例えば、二人で班の方針を決めたときのこと。「ビシバシ作戦」と呼んでいたその内容は、副班長である私が班員をビシバシと鍛えるというものだった。この方針をチームの定例会で発表したところ、「奈須さんに厳しくされた班員に私が優しくすれば、私の株が上がる」という作戦だったのに(笑)、と会議後に聞かされた。
ちなみに、最近きいた腹黒ワードは、「1か月だったらいい人のふりができる」。モノサス・タイランドに所属する仲間が出張にくるときに発せられた言葉だ。
まとめてみると
このように、紹介させていただく側としてネタに困らない反面、いろいろな要素が混在していて収拾がつかない、というのが正直な感想だ。ミステリアス? 天然? いや、すべてが巧妙なセルフブランディングなのかもしれない。
でも、あのとき私のために流してくれた涙は、きっと本心からくるものだと信じたい。
そういえば、最近、泣いているところを見ていない。彼女に育てられた新人コーダーたちは、すくすくと成長して戦力化していくが、それと同じように、彼女もまた脱皮を繰り返しているのだろう。
後輩でありながら、不遜にもそんなことを考えてしまうのは、松原さんが摩訶不思議ないい人だからだ。だから、「失礼ながら」いんなことを言いたくなってしまう。
そして、他の人が言ったら毒でしかないようなコメントがほしくて、わたしは今日もコーヒーをこぼしてみたり、同じところにある物を何度も落としてみたりする。
これからも、モノサスの座敷童として、皆に癒しと繁栄をもたらしていただきたい。