2016年10月03日
熱燗にはまだ早いけれど
~代々木「馬鹿牛」~
「火曜日の19時半から、3人で予約をお願いしてもよろしいでしょうか。」
「大丈夫ですよ。3人だったら奥のテーブル席のほうがいいですかね?」
一見こわもてのご主人(失敬)。
モノサスから代々木駅方面に徒歩5分、代々木一丁目の「馬鹿牛」。
事前予約のために、帰りがけにお店に寄って、暖簾をくぐり戸を開けた。
瞬く間に晩夏は過ぎ去り、初秋に。
日が落ちる時刻は早まり、中庭の葉っぱは茶色くなりつつある。
徐々に空気が澄み始め、静かに葉っぱの落ちる季節に頭の回転が早くなるかんじがするのは、冬生まれの性だろうか。
「串もので一杯、この季節にいいじゃない」
串ものの魔力というのは圧倒的で、一度食べたくなると絶対に頭から離れない。
焼き場から昇る煙を見ながら、串を刺され、タレを塗られて、焼き物に昇華される肉を思う。
熱燗にはまだ早いが、熱々の串ものをちびちびやりながら、ビールジョッキを開ける。
そんな季節の変わり目、最高じゃないですか。
串ものがいかに、これからの季節に合うかという屁理屈を必死に説明しながら、編集長にお店推薦の交渉を行う。
そんなこちら側のやり取りが繰広げられた上で、冒頭のシーンを挟み、やっと当日。
「馬鹿牛」
馬なのか、鹿なのか、牛なのか。
と戸惑う必要はなくて、メニューにあるのは、豚と鳥。
まさに串ものの王道である。
入ってすぐ左に焼き場があり、その前にカウンター。
まっすぐに伸びたカウンター席の奥にボックス席があり、そこに通される。
まだ早い時間で、小雨の降っていたこともあり、先客は2,3人。
お寿司屋さんのように清潔感のある店内は、それほど人が入っていないほうが落ち着く。
店内が煙で溢れかえり、ワイワイガヤガヤとした串もの屋ももちろん大好きだ。
ただ、そういった屋台的な串もの屋よりも、季節的には落ち着いて飲める串もの屋のほうが気分である。
そもそも、串もの屋というと、前述したようなガヤガヤ感のあるお店のイメージが先行する。
でも、例えば、自分よりも目上の人にありがたい話を伺うようなときに、こういう小ざっぱりとした串もの屋は大変重宝する。
まず大事なのは、清潔感。
そして、お店に流れる空気感である。
きっと、ファクターはご主人の人柄なのだと思う。
口数が少なく、少しだけチャーミング。
間口の広さと、良い意味で客が居座らないであろう空気がお店に流れている。
奥に座って、生ビールを注文。
と、同時に運ばれてきた、お通しの豆苗。
豆苗。
似合う。
緩やかな空気の流れる店内と、フレッシュな豆苗。
一番最初のお通しで、箸を使って、食すというのがお上品。
丸いお皿にこんもりと盛られたそれをつまみながら、ジョッキを傾ける。
しばらくして、串盛りを注文。
好きな串を好きなように注文するのも楽しいけれど、宴の席では、真っ先に「盛り」を頼む。
宴である以上、主役は人と人の交流であり、それを滑らかに取り持ってくれるのが、酒場の食であり、酒である。
「んー、何頼みましょうかー?」よりも、
「あ、盛り合わせありますよ!好きなのはこれ食べた後にしましょうか!」くらいさっぱりスピーディーにメニューを決めて、お店の人に伝えるのが粋ってもんです。
なんて偉そうに講釈を垂れながらも、いざ料理がくると、それらに目を奪われる。
グラスに残った泡の跡。
串についた、少しばかりのタレにすら哀愁を感じてしまう。
春や夏には大して目の行かなかった部分にも、おセンチメンタルな視線を当ててしまうのが、秋のおかしみでもあり、楽しいところである。
ガツガツと喰らうでなく、草食系男子よろしくお上品に酒の肴にするのが季節の気分。
そんな気分に呼応してくれているかのように、「馬鹿牛」の串盛りはタレと塩でタイミングをずらして運ばれる。
そして、この日の〆は、ご飯ではなく、最後までお肉。
お店のおすすめとしても、推されていたこの一品。
串もの屋さんで、綺麗な盛り付けを見ると、ハッとするのは自分だけだろうか。
照明の下、つややかに光るタン元。
控えめに鎮座する、スパイスとレモン。
終盤を迎えた宴の卓上は、空皿やビールジョッキにあふれているが、
そこだけライトアップされているかのような印象を受ける。
レモンをさっと絞って、お肉を口に運ぶ。
お後がよろしいようで。
何杯目か記憶にない、ビールを飲み干してお会計。
いつの間にか、カウンターいっぱいに埋まっていたお客さんの背後を通る。
「ありがとうございます」
「ごちそうさまでした」
店の外に出て、吹く風の秋らしさに身を任し、ぐっと伸びをする。
「暗くなるのが早まるのは、酒を飲む口実にぴったりだな」
なんて考えながら、次の日も代々木界隈でへべれけになっていたのも冬生まれの性だろうか。
馬鹿牛
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