2018年03月23日
「ここはみんなのお店」。開かれた"場"から、日本を100%オーガニックにしたい
〜 interview 原川慎一郎さん(RichSoil &Co. 共同代表)〜
前後編でお届けしている今回のめぐるモノサシ。
ゲストの原川慎一郎さんは、2017年12月、70年代から地産地消の文化とコミュニティを育んできたカリフォルニアのオーガニックレストラン「 Chez Panisse(シェ・パニース)」の元総料理長ジェローム・ワーグ氏とともにレストラン「 the Blind Donkey(ザ・ブラインド・ドンキー)」をオープンさせました。
前編では、2人の人生を変えたとも言える食のイベント「Openhervest」から、原川さんが「本当に美味しい料理」に気づいていく過程などをうかがいました。Food Hub Project(フードハブ)を含め、全国の生産者さんから食材を集めて、ジェロームさんが腕をふるい、旬の味わいを提供する「the Blind Donkey」。
なぜ、自らオーナーシェフを務めていた店を閉めてまで、「the Blind Donkey」を始めたのでしょうか。つながりの深いプロデュース部部長の真鍋との対話は続きます。
(インタビュー構成:佐口賢作)
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原川慎一郎さんプロフィール:
RichSoil & Co. 共同代表
東京のビストロに勤務後、2008年に渡仏し2つ星レストラン「ラ・マドレーヌ」にて修行。帰国後は三軒茶屋のナチュラルワインカフェ「 uguisu 」などのシェフを務め、2012年に「旅」をコンセプトにしたレストラン「BEARD」をオープン。昨年末に「日本を100%オーガニックにする」を掲げカリフォルニアのオーガニックレストラン「 Chez Panisse 」の元総料理長、ジェローム・ワーグさんとレストラン「 the Blind Donkey 」をスタート。全国の生産者から集めた食材でジェロームさんが腕をふるい、旬の味わいを提供している。
シェフがフォーカスされているのを見ると、
生産者さんはどこに? と違和感を感じる
真鍋
「BEARD」閉めてから、「the Blind Donkey」が開店するまでどのくらいかかったんでしたっけ?
原川さん
2年経ったかな。
真鍋
2年も!
原川さん
ジェロームと「本気でやろう」って言ってからは3年。
真鍋
そもそも、どちらが先に誘ったんですか?
原川さん
彼が「Chez Panisse」を辞めるなら今、というタイミングがあって、「独立してお店をやるとしてもカリフォルニアはたくさんレストランがあるしおもしろくないしなぁ?」なんて話をしていたことがあって、「僕が東京でお店をするという可能性はないかな?」と相談されたんですよ。
もちろん東京にもいいレストランはたくさんあるけど、彼のような考え方でやっている人は僕の知る限りいなかった。それで、ジェロームが本気でやるなら僕もお店を辞めるから一緒にやろうということに。
真鍋
どんな店にしようと話し合っていったんですか?
原川さん
店のコンセプトは、自然にもっと歩み寄って、旬のものを食べるという、極めてシンプルなもの。それをつないでくれるのは食物の生産者である、農家さんや漁師さんという存在で。自然に歩み寄って農業をしている農家さんたちを、僕たちがそれを調理し食べることを通じてサポートしていきたいと思っています。
真鍋
自分が田舎に暮らし始めて、畑に近い場所にいてときどき思うのは、日本人は体が本当においしいものってどういうものかすら、忘れているんじゃないかなってことなんですよね。
原川さん
「おいしい」の感覚がズレているというか。だけど、今、“食”ってすごくもてはやされているじゃないですか。シェフがロックスターのように扱われたり……。
真鍋
海外だと特にそういう傾向がありますね。
原川さん
シェフがフォーカスされているのを見ると、生産者はさんどこに? と違和感を感じるんですよ。その料理を出せるのは、激しい天候や自然と向き合って食材を作ってくれる生産者さんがいてこそ、なのに。
注目を集めているシェフが、当たり前のように「ちっちゃいカブだけ、50個だけお願いします」と発注する。それはやっぱりおかしいと思っていて。作ってくれている人、それを提供してくれている人にスポットライトを当てたい。そう思うようになってからは、自分の変化がおもしろくて。
真鍋
どういうふうに変わったんですか?
原川さん
焦りみたいなものもなくなったし、世界の見え方が全然違う。
真鍋
どんな焦りが? あまり焦りが表に出てくるタイプじゃないですよね。
原川さん
やっぱ「BEARD」を始めたときは、心のどっかで「シェフとして注目されてないとお店は続かない」と思っていたんですよ。自分のなかで流行を作っていって、今はメキシコ、今度アラブ、次はチャイニーズ。そんなふうにして、新しいものを作り、発信していかないといけないんじゃないかって。
真鍋
慎ちゃんにも、そういうのあったんですね。
原川さん
常になにかを追いかけていないと続かないと思っていた。
真鍋
それが、「OPENharvest」や「Nomadic Kitchen」を経て、変わってきたわけですか。
原川さん
そうなったら、今度は地球が……。
真鍋
地球! また、大きい話になってきました(笑)。
原川さん
そう、視点が地球なんですよね(笑)。流行とか、注目を集めるとか、どうでもよくて、地球がよくなっていくために自分が何をできるかとか考え出したら、そんなの終わりがないでしょう。
「the Blind Donkey」が掲げるビジョン
“日本を100%オーガニックにする”とは?
真鍋
今の話は、「the Blind Donkey」で掲げているビジョンと関係しています?
原川さん
ジェロームとフィフティ・フィフティで RichSoil&Co という会社を立ち上げたのは、“日本を100%オーガニックにする”というビジョンを実現させていくため。RichSoil(リッチソイル)に込めたのは、多様性を重んじて、豊かな土壌をつくりましょう、という思いで。会社として、農家の方や漁師の方、たくさんの人と関わっていきたい。
なぜなら、料理にはおいしい野菜をつくってくれる農家や漁師の方が不可欠だから。同時に、地球上の人類として自然がなければ生きていけないことも再認識して、あらためて人間として自然を見つめ直そう、と。
そんなことを「食を通して伝えていきたい」と話していたら、友人が「わかりにくいから、“日本を100%オーガニックにする”とか、シンプルに言っちゃった方がいいよ」とアドバイスしてくれて。
真鍋
いいよね。今何%なの? と考えることもできるますし。ちなみに、この記事を読んでくれている人は「the Blind Donkey」の料理を食べたことのない人が大半だと思うので、どういうメニューを出しているのか教えてもらえますか?
原川さん
言葉で伝えるのはなかなか難しいですけど、ジェロームの料理は滋味深い味です。じわーっと沁みてきて、ときどきどこかでふとしたときに「なんかあんときの料理、あれはうまかったなぁ」と思い出す味なんですよね。ひとくち食べて、インパクトがある料理というのではなく、ストレスなくおいしいなと思える味。
必要だし、求められていると思うんですよ。そういう味。記憶に残り、じわじわ思い出される料理。今は、ジェロームのそういう料理の作り方に寄り添っている感覚です。
真鍋
でも、慎ちゃんのファンはちょっとさみしさを感じていると思いますよ。
原川さん
みんなに「料理しないの?」と聞かれて、うれしいんですけど「自分でやんなきゃ」とは思わない。みんなにジェロームの料理を食べてもらいたいし、彼は「Chez Panisse」の味、その上での彼の味を出されるんで。あの感じは僕には出せないから。
真鍋
食材も各地の生産者さんから直接仕入れているんですよね。季節によって手に入る食材も変わるでしょうし、今日のように豪雪で輸送が滞る(北陸で大雪のため、公共交通機関がマヒしていた)と入る予定の食材が届かないというトラブルあると思います。メニューは素材が揃ってからジェロームが考えているんですか?
原川さん
ジェロームにとってはすごくチャレンジングな環境だと思います。「Chez Panisse」は地産地消の伝統が定着したすごく豊かな環境で、いいものを選びながら料理ができたはずだから。
でも、今は環境の違いも、日本語と英語というコミュニケーションの問題もあって、例えば「来週カブを使いたい」「Food Hubにカブあるって」「じゃあ、送ってもらって」とやりとりをして、ジェロームは「カブが届くから……」と何を作るか考える。
だけど、ジェロームが思っているカブと実際に届いたカブが全然違っていた……なんてことが山ほどあるから。そこで彼は「じゃぁ、これ作ろうと思ったけど、素材はこれだからこういう風にしようか」ってアジャストしていく。
真鍋
カリフォルニアと日本で比べても、食材の味が全然違いますからね。基本、日本の野菜は甘い方に転ぶし、食感もねちょっというか、ほっくり、ほっこりするものが多いですよね。神山には今、アメリカからシェフが来ているけど、やっぱり全然違うと言っています。
原川さん
気候の違いがあるから当たり前のことで、手元に届いてみないとわからない。
真鍋
決まっているメニューがあって、さっきの「小さいカブを50個」じゃないけど、この食材じゃないとダメだから違うのを探すのか。届いた食材の味にあわせてメニューを変えていくのか。これは大きくアプローチが違います。多くのシェフは自分が出したい味に合わせて食材を選ぶ方を好みますよね。ジェロームのような柔軟性を持っているシェフはあまりいない。食材に対する基本姿勢が明らかに違いますよね。
原川さん
僕ら的には自然と寄り添って、今はこんな野菜、こんな魚があるから、こういう料理にしようかという順番でメニューを考えていき、それをお客さんに楽しんでもらいたい。
真鍋
心から賛同するけど、大きな市場を通さない食材集めは大変でしょう?
原川さん
いや、本当に大変(笑)。
僕らは自分たちのやりたいこと、やるべきこととして取り組んでいるけど、他の人たちに広めていくにはどうしたらいいのかな……と。毎週、協力してくれている生産者の方々に電話して、今ある食材のリストをもらって、取りまとめて、ジェロームやスタッフと「どうしようか」と相談して。「これを送ってください」と生産者さんに連絡して……と。
僕はそれずっとやってきたから別になんとも思わないんですけど、「これから始めます」という人には、まあ、大変ですわね。
真鍋
間違いなく、大変。非効率極まりないですからね。
原川さん
だから、まずは「the Blind Donkey」を軌道に乗せて、ここで育ったスタッフが外に出ていき、僕らも自分たちのやり方を広めていき……くらいのことをやらないと“日本を100%オーガニックにする”は実現しないと思うから。
違う焦りは感じていますね。それを「ジェローム、俺ら早く外に出なきゃ、時間ないよ」とジェロームに話すと、「まあ、待て。『Chez Panisse』も40年かかってる」と言って、「そんなにすぐにはできないよ」となだめられたりするんですけど(笑)。
まあまあせっかちなんで、早くしないとって思っちゃうんですよね。
真鍋
次の行動に移さないと……と。
原川さん
地球は待ってくれないし、時間がない。そういう焦りが。
今、あちこちで芽が出ているのを感じているから。早くみんなのテンション上げたいな、と。でも、身はひとつしかないので。あんま焦ってもしょうがないし、オレがちゃんとしないと元も子もないのもわかっているんだけどね。
自分の持ち場の仕事がちゃんとできるから、
ゆとりが生まれて、ウェルカムな雰囲気になる
原川さん
だから、この「the Blind Donkey」に関しては本当にただのレストランじゃないと思っている。みんなの場にしていきたい。
真鍋
みんな、というと?
原川さん
お客さんも、生産者さんも、その他のサポートしてくれている人も、ここで働いている人も。生産者さんに「あなたがいないと今日、僕らは店を開けることもできない。だから、ありがとう」だし、何かをお願いするときにも感謝を忘れずに付き合っていきたいし、たぶんそうすると彼らもうれしいと思ってくれるし。そうすれば、自分も参加している場として気にかけてくれるんじゃないかなって。
お客さんに対しても、働いている人たちにも同じ気持ち。真鍋さんの Food Hub のことも気になっているから、何かあれば神山に手伝いに行きたいと思っているし、広めたい。この店を軸にして、そういう輪を広げて、空気を作っていく場にしていきたいと思っている。
真鍋
なるほど。
原川さん
そうすることで、僕らも自分の仕事により集中できるし、意味や意義を持って取り組めるだろうし。学び続けて、つながり続けて、ちゃんと付き合い続けてってことをしていかないと、「the Blind Donkey」もただのお店になっちゃう。それはなんか違うな……と。
「Chez Panisse」に行くと、すごくウェルカムじゃないですか。初めてのお客さんに対しても、「ここはみんなのお店だよ」と開かれている。僕らももっとそうなれるように、やっていきたい。
真鍋
たしかに「Chez Panisse」を卒業した人たちのレストランに行っても、やっぱりウェルカムな雰囲気があるし、ファミリーみたいな感じで受け入れてくれますよね。ギスギスしてないし、キッチンの中は見せてくれるし、「どーぞ、どーぞ。案内するよ」みたいな感じで迎えてくれる。それは知り合いだからじゃなくて、万人に対して変わりませんよね。
原川さん
本当にプロだなと思う。ああいう受け入れ方って、気持ちだけじゃできないでしょう。一人ひとりにゆとりがないと。自分の持ち場の仕事がちゃんとできるから、ゆとりがあってできる。みんなが一人前にならないと、あの雰囲気にはならないんだろうなと思う。彼らやっぱりすごいよね。経験の蓄積があって、それがずっとバトンとして渡っていっているから。
真鍋
なるほどね。自分の仕事に対してプロフェッショナルで、完璧にできるから気持ちの余裕が出て、温かい対応にもなるっていう順番ですか。納得。
原川さん
そういう先輩がいるから、若手もそれを見て学んで、自然にできていくんじゃないかな。目の前の仕事でいっぱいいっぱいだったら、お客さんが入ってきたときに、顔を上げても心から笑えないみたいことになるから。
真鍋
私は料理もしないし、ある種現場にもあんまり入らない立場だから、プロがプロらしく仕事のできる環境をいかに作ってあげるかを、もっと徹底してやらないといけないんだろうな……。
原川さん
僕もそういう意味では、まだまだって思っています。
ーー 最後に、同じ OPENharvest から人生が変わってしまったとも言える真鍋は、原川さんにとってどんな存在なんでしょうか?
真鍋
聞きたくね~(笑)。
原川さん
真鍋さんは有言実行の人。決めたらやる。僕はそこがすごい好きですね。
今は神山で Food Hub Project を始めて、やり続けているから、すごい励みになっている。同志みたいな。勝手に思っているんですけどね。
真鍋
うれしいですね。
原川さん
お互いに応援しているし、一生お付き合いがあるんだろうなと。話を聞くと、ああ自分も頑張んなきゃと思えるし、同じ景色を見ている人だなと共感できるし、「今どうしてんのかなぁ、なにしてんのかなぁ、元気かなぁ」とかって気になるし、そういう存在です。
あらためて、慎ちゃんに「嫉妬」します。
Nomadic Kitchen をはじめた当初、
正直、慎ちゃんにイライラしていた時期もありました(笑)。特に、四国の旅の時。
旅をコーディネートしている立場としては、料理人たちに、できるだけ良い経験をしてもらいたいから、事前に生産者の人と信頼関係をつくるところから、結構な時間をかけて物事を進めます(時に、3年とか)。その時、協力してくれている地域の人たちの食事会で「なんで Nomadicってやってんすか?」みたいなことを突然言われて「えっつ!?一緒にやってんじゃないの?」と思いながら、汗かきながら、みんなの前で私が説明したり…。旅のど頭で、飛行機に乗り遅れたり…。
そしたら、今度は、ジェロームと東京でレストランやるかもとなって、
本当は喜ぶべきことなのに、実はその時、ものすごく「嫉妬」していました。今は、そんなことは一切ないし、神山での私たちフードハブ( Food Hub Project )の活動を、慎ちゃんの強い想いと包容力で、東京から支えてくれているかけがえのない仲間、そして同志。私も、できることがあれば何でもジェロームと慎ちゃんのためにやりたい。正直、その頃のことを思い出すと、自分が小さくて、恥ずかしくなります。
今回、このインタビューを通してとても印象に残った話。
「Chez Panisse」に行くと、すごくウェルカム。はじめてのお客さんに対しても「ここはみんなのお店だよ」と開かれている。ああいう受け入れ方って、気持ちだけじゃできない。みんなが一人前でゆとりがないと、あの雰囲気にはならないんだろうな。
彼らはやっぱりすごいよね。経験の蓄積があって、それがずっとバトンとして渡っていっているから。この人には、ものごとの「本質」がちゃんと視えている。
慎ちゃんが、ジェロームと一緒に立ち上げた「the Blind Donkey」には、すでにその「雰囲気」が醸し出されています。それは、慎ちゃん自身がプロで、ゆとりがあるから。なんとも言えない、慎ちゃん独特の包容力。それが一番、自分ができていないことだからまた「嫉妬」するのかもしれませんw
最近、いくつかの素敵な雑誌社からフードハブが取材の依頼を立て続けにいただいています。
なんかおかしいな?と思って聞いてみると、慎ちゃんがフードハブのことを色々な人に話して、広めてくれている。また、私たちが昨年つくった阿波晩茶をレストランで出してくれたり、野菜もレストランで継続的に仕入れてくれている。イベント的な感じじゃなくて、真摯に、私たちの「日常」を支えてくれています。
慎ちゃんと出会ってから約6年。私はもう東京には住んでないし、慎ちゃんは料理をしていないけど、「食」ということには、今まで以上に、より深くお互いにコミットしている。出会った頃とは環境がまったく違うけど「日本を100%オーガニックにする」という壮大なミッションの一端を、モノサスやフードハブの活動を通じて、私も一緒に担っていけたらと思っています。
今後とも、末永く家族ぐるみで、よろしくお願いいたします。
真鍋 太一